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明治時代の能見堂
2013-03-25 15.30.29
これは明治時代に撮られた能見堂の写真です。
能見堂は、寛文年間(1661~73)に、当時の領主久世大和守広之(くぜやまとのかみひろゆき)が、東京の有名な芝増上寺の子院を移設し、地蔵菩薩を本尊として再興した擲筆山(てきひつざん)地蔵院のことだそうです。

明からの渡来層、心越禅師(しんえつぜんじ)が故郷の景色を偲んで、ここから見た金沢八ヶ所の勝景を漢詩に詠んだことで、『金沢八景』の場所と名称が定まりました。
そして歌川(安藤)広重らが、これを題材に浮世絵を描いたことによって、金沢八景は広く知られるようになったようです。

左上に茅葺きの屋根が見えますが、保土ヶ谷まで続く金沢街道として通行の盛んだった江戸や明治時代には、景色のよいこの場所で休憩したり、お茶や団子を楽しんだのかもしれません。
2013-03-25 15.30.42
写真ではわかりにくいのですが、同じ場所から見た現在の状態です。
生えている樹の種類はだいぶ変わりましたが、道路などの位置は全く同じで、何百年という歳月のあいだ、ほとんど変化のなかった土地の強いエネルギーを感じます。
|09:51:22|山歩き&金沢のパワースポット | comment(0) | trackback(0)
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