青い野を歩く
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アイルランドの若手女性作家「クレア・キーガン」の『青い野を歩く』。
大好きな詩人の蜂飼耳さんが、以前、新聞の書評の中でとても褒めていたので買ってみたのですが、時間がなかなかとれずに読んでいなかった本です。
最近は昔のように、一冊の本を一気に読みきる機会が殆どなかったのですが、この本は久しぶりに時間が取れたので小説の世界を深く堪能できました。

現代から少し過去のアイルランドとアメリカの、都会とはかけ離れた田舎の話がいくつか入った短編集です。
どの主人公にも共通するのは、自我をもてあまし、他者との交流や社会に上手く馴染めず、かといって現代の日本人のように社会や他人を否定するわけではなく、自分自身を大切にしながら、何とか周りの人や環境と折り合いをつけていくというような生き方をしています。
少し僕自身の生き方と似ているところがあって、不思議な共感を持てた小説です。

自然の描写がとても細やかで、そしてリアリティがあり、まさに自分がそこに存在するような気がします。
現代人の多くが、他者とのかかわりの中で自分を見出すことが多い今の日本では、ほとんど忘れかけた自然とのかかわり。
そして、その自然との接点にこそ、自分の本質が見つけられる。この本を読んでとてもそのことを強く感じました。

現代人が追求した生活の豊かさや安全、快適さや効率。
それを求めすぎたゆえに、人間は他のエネルギーの存在に依存することによって地球上で生かされているという事実や、様々な自然環境によって生活が成り立っていることを忘れてしまったのかもしれません。
いくら経済発展や税金を使って社会整備をしたり、立派なビルを建てたとしても、大きな地震や食料難や、エネルギーの危機に対する不安は一向に無くなりません。
むしろ、そうやって目の前から覆い隠すことによって、原発のように潜在的な恐怖は逆に強くなるようです。

それは人間が自然との接点を見出すことを止めてしまった為に、自分が今、どうやって生きてきたのか、どうやって生かされているのか、そして何をするために生まれてきたのかという本当の理由がわからなくなってしまったからでしょう。
この本を読むと、現代人の生き方が、国家や社会やお金、そしてなによりも自分の左脳に依存しすぎていることを強く感じます。
左脳の進化による豊かさ、快適、安全性などにどっぷりと依存するようになり、右脳が潜在的に知っているこの地球上での生命活動の本当の意味が全く見えなくなっているのがよくわかります。

そして、それが近年のようにあまりにも進んでいくと、有名人やメディアや大企業が、CO2削減や原発反対など環境意識の高まりとして声高に唱えてるようになり、実はそのほとんどが自己の収益に繋がるような売名行為でしかないのに、そればかりが常識として蔓延るのでしょう。
本当ははその前に、まず自分の右脳と自然との接点を認識し、自分の地球における立ち位置をしっかりと確認し、さらに自分自身の意識を深めることこそが、本当の環境問題を考えることだと、この本は語っているような気がします。
|09:34:51| | comment(0) | trackback(0)
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