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色彩のない田崎つくると彼の巡礼の年
2013-05-13 15.40.53
店が休みの日は、山を歩いたあと氷取沢の静かな山の頂上にある休憩所で、読書をするのが最近の楽しみになっています。
村上春樹さんの最新の長編「色彩のない多崎つくると、彼の巡礼の年」。
一度読み終わったあと、その深さに再び読み直しています。

村上春樹さんの小説としては珍しくストーリーは明確で、主人公以外の主要な登場人物も明るく現代的な性格で、全体としてのトーンも比較的明るいので、一般的なこの小説の評価は軽めだと思われているようです。
しかし、この小説は実は震災後の日本人に向けて村上春樹が初めて書いたものであり、明らかに精神の復興に対するテーゼだと僕は感じました。

カラフルな色彩を持つ友達と違い、空虚で空っぽな無意味な存在としか感じられない自分に起こる理不尽な出来事に、更に心は虚無感に苛まれ、鏡に映ったやせ細った自分の裸身を、
「巨大な地震か、凄まじい洪水に襲われた遠い地域の、悲惨な有様を伝えるテレビのニュース画像から目を離せなくなってしまった人のように。」いつまでも飽きることなく凝視してしまいます。
そして、
「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしっかり沈めたとしても、それがもたらした歴史を消すことはできない。」
この言葉をストーリーの鍵として、主人公多崎つくるの成長過程を通し、物語は進みます。

村上春樹は本の帯に、「ある日ふと思い立って机に向かってこの小説の最初の数行を書き、どんな展開があるのか、どんな人物が出てくるのか、どれほどの長さになるのか、何もわからないまま、半年ばかりこの物語を書き続けました。」
と書いていますが、実際はこの小説は複雑で緻密なよく練られたプロットと、色彩の明暗、6本目の指、死のトークンなどのメタファーがストーリに見事にリンクした、重厚で立体感のあるフィネスを持った完璧な小説のように僕には感じました。

小説に対し常に新しい実験的な試みと、その対極にある純粋な物語の深さを追求し続ける村上春樹。
その時代の変化に対応したストーリーと、小説ごとに変化させるリズムやアレンジ。
スマホやゲーム、映像が若者の興味の中心になってしまった現代において、明らかに置きざりにされてしまった文芸書の中に、常に失われない読者を惹きつけるその魅力と、現代的なエンターテイメント性を持ち続けることは、想像を遥かに超えるほど難しいことであり、それを成し遂げることができるのは、唯一、世界で村上春樹ただ一人なのかもしれません。

僕もいつかは自分で納得のできる小説を書くのが夢ですが、今は店の仕事の中に、村上春樹が成し遂げたような奥深さと斬新さ、そして普遍的な魅力を見いだせるようにもう暫くは頑張りたいと、この小説を読んで再度、思いました。
|10:01:10| | comment(2) | trackback(0)
comment
学生のころ、村上春樹を読んで以来、全く手に取らず。27年ぶり彼の文章に触れ、ストーリーにのめり込み、涙してしまったよ。
comment by satoko
2013/05/2019:14 | URL | edit | posted by beng
Re: タイトルなし
さとこちゃん、久しぶりだね。
なんかこのブログにコメントもらうと、ちょっと変な感じ。
いつかまた、逢えるといいね。
2013/05/2023:21 | URL | edit | posted by maidoのてんちょ
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