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文化人
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「僕は文化人になりたくないんです。僕は町工場のオヤジでして、それは最後まで貫きたいと思っています。」

これは宮崎駿さんが自身の引退記者会見で語ったことです。
文化とは左脳が作り出す、ある意味最も人間的な社会性。
一般的には人間が社会の一員として身につけるべき振る舞いことで、常識があるかないかを指すようです。
そして、左脳が大好きな新しい流行やハイカルチャーのように洗練されたものを好む人のことを、世間一般では特に文化人と言うようです。

宮崎駿さんはアニメの中でも常に常識を嫌い、疑い、疑問を投げかけていました。
風立ちぬの中でも、一般的なドルビーサウンドシステムを使わず、あえてモノラルの音声を使い、効果音すべてを人の声で作りました。
常識や進歩を否定することは、社会的競争でよい結果を得ることを放棄するのと同じことで、やはり昨日発表があったベネチアの映画祭でも、賞から外れたようです。

宮崎さんは、同じくジブリの高畑勲さんと競うように日本の、いや世界の長編アニメのレベルを高めてきました。
二人共、常識とは違うオリジナル性にこだわり、質を高めあってきましたが、ストーリーにおいては高畑さんは人間の本質の探求に重きを置いたようですが、宮崎さんはあくまでも自分の想像力にこだわってきたような気がします。

想像や創造と、本質の探求はどちらも右脳が行うものです。
常識を作るのは左脳で、それに満足しない右脳の発展こそが、人間の最大の使命であることを二人はわかっていたのでしょう。

そして二人共、社会や常識を否定してもストーリーの中で敵や悪は絶対に作りません。
反対に正義も絶対に作りません。
悪いのはすべて左脳が進める自分自身の堕落や人間の驕りであると、物語の中で語りかけています。

文化人が身につける左脳的な現代的進歩と常識は、宮崎駿さんにとって最後まで意味のないものだったのかもしれません。
アニメの世界で二人に続く若手が全く出てこないのは、二人の作り出した世界を常識化し、今度はそれにに囚われていることに気がついていないからだと僕は思います。

|10:05:34|夢の世界と人間の脳 | comment(0) | trackback(0)
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