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自然死
2012-02-11 01.42.12
生まれた時から、十五年以上飼っていたオス猫が正月の2日の朝、いなくなりました。
最近は、膵臓なども患い衰弱がひどく、やせ細り、ほとんど寝ていることが多かったのですが、年末から動物病院で点滴を打つようになり、少し元気を取り戻し始めたばかりでした。

歯周病で口臭がひどく、年明けに歯を抜く手術をする予定でしたが、病院がとても嫌いだったので、それを察して出て行ったのかもしれません。
小さい頃から長女がとても可愛がっていて、最近はほとんど誰にも甘えなくなっていましたが、その日は久しぶりに帰った長女のベットで一緒に寝たそうです。
朝早くのに、僕のベットに来ていつものように餌をせがみましたが、その日は鳴き声がいつもと違い切迫したような、聴いたことのない泣き方をしたのを覚えています。
その2時間後には家には姿がなく、その後戻ることはありませんでした。

動物には人間のような左脳はなく、ほとんど感覚と本能だけで行動します。
自分の死が近づくのを察すると、本能的にできるだけ静かで、何者にもに煩わされない場所を探し、眠るように死を待ちます。
人間の左脳だけが死を怖がり、生きることにしがみつき、一秒でも長く生きようとあがき続けます。
死は永遠に続くいつもの眠りと同じことで、抵抗しなければ痛みは無く、そこには穏やかな安息感さえあります。
必要以上に長く生きることは、自然に逆らうことで、そのために自分の脳から発する死の瞬間の快楽も受け取ることができなくなるのです。

右脳は自分の生まれた理由も、その人生で自分がしなければならない使命も、その役目が終わり、死を迎える瞬間もしっかりと理解しています。
それがわからない、左脳に縛られた人だけが、死をブラックアウトだと思い、無の世界に行くことを怖がります。
そして、死後も同じように欲望に裏打ちされた観念に縛らられて、ほとんど脱出することができないその観念の世界に、ほぼ永遠に囚われ続けるのです。

まだ僕にはもう少しだけこの世界でやることが残っているので、肉体に鞭打って、それを成し遂げなければなりませんが、それが終われば猿彦(猫の名前)のように、病院で延命治療をされることなく、静かに向こうの世界へ帰りたいと思っています。

|10:07:51|夢の世界と人間の脳 | comment(0) | trackback(0)
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