スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
|--:--:--|スポンサー広告 | |
左脳と偏差値
IMG_2240.jpg
現在の世界の教育システムは、公平性のある一定水準の語学と計算能力を身につけさせるために作られたものです。
もともとは、国民の識字率を高め、誰もが生産性のある仕事に就けるように考案されたものでした。

しかし、国民の生活レベルが一定水準を超えると、教育は左脳的能力を比較するために行われるようになり、誰もが簡単に優劣の比較を論理的に説明できるように、人間を偏差値という単純な一つのモノサシで測ることにほぼ全員が合意しました。
そのために、右脳の好奇心が旺盛な幼少期から受験で少しでも優位に立てるような教育をし、その人の個性や理解力のもとになる興味を全て否定し、偏差値や,共通英会話力などの比較可能な数値を上げることだけに、親子共々全力を尽くすようになりました。

そのために子供たちは右脳レベルが全く成長しないまま、良い結果を出すことだけが得意な左脳的能力ばかりを使うようになり、右脳が持つ自分の個性を排除し、他人の空気を読むことがうまくなり、単純な結果を競い合うゲームに溺れるようになりました。
地球の未来とはテクノロジーの進化と利便性の向上だけにあるもので、豊かでセンスある外見や生活を手に入れることだけが仕事をする目的になり、怠惰と贅沢から自分の肉体を蝕み、即効性はあっても副作用の必ずある医薬品に溺れ、それにより免疫力は衰え、インフルエンザやデング熱などの感染症にかかりやすくなってきたのです。

人間の能力とは本来理解力や認識力の高さからくる応用力で、それは左脳が意識的に行う判断や思考ではなく、全て無意識の時に潜在意識との繋がりの中で広がる右脳的認識力であり、深まったその能力は左脳とは比較にならないスピードと記憶量、そして応用力を持つものです。
しかし、子供時代の未熟な右脳は全てが曖昧で抽象的であるために、正解だけを導き出す試験とは決定的に相性が悪く、結果を求める教育では成長期の自信や自尊心に悪影響を及ぼすことがあります。

安全保障問題や原発問題を見ればわかるように、世の中には正解が一つだけでないのは大人になれば誰もがわかる事実なのに、何故子供には正解だけを押し付けるのでしょうか。
正解を求めるのではなく、子供の個性を尊重し、好奇心を伸ばす大人の精神的余裕が生まれない限り、教育はさらに廃れ、育った子供たちはさらに生きる意味を失い、人口は減り続けた末に最終的に人間は恐竜のように滅ぶのかもしれません。

人間はいつ道を踏み外したのでしょう。



|10:08:35|夢の世界と人間の脳 | comment(0) | trackback(0)
comment
comment posting














trackback URL
http://maido1984423.blog97.fc2.com/tb.php/1693-239b317f
trackback
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。