左脳とパフォーマンス

勝敗などの良い結果と正しい答えが大好きな左脳は、常に物事を論理的に思考します。
曖昧や意味のない判断や行動は大嫌いで、人生を建設的に生きることこそを最大の目的にしてきました。
しかし近年はそれすらも意味を失ってきたようです。

日本人は本来、自然を森羅万象として崇め、自然の中にこそ神が存在し、小さな人間の行動は全て大いなる自然に監視され、生かされていることに感謝をするように教えられ、自然の絶大なパワーを畏れていました。
教育制度ができる以前は、学習するということはそれを理解することであり、右脳と自然を繋げることこそが、正しく生きるということを神話の中で教えられてきたのです。

反対に西洋では、自然をどれだけ支配できるかが人間の能力を測る目安で、自然を敵とみなし頑丈な岩で城を築き、新たな土地を開拓することこそが人間の生きる意味と捉えたようです。
そのため目に見えない能力を持つ右脳をオカルトとして敵として扱い、未知的能力を持つ魔女を恐れた上に狩り、真実とは目で検証されることで、論理的証拠をもとにして科学を進歩させ、自然を目に見える範囲以内だけで理解しよとしてきました。

自然を自分なりの解釈で征服したあとは、お金という誰もがわかりやすい目安で価値を図るようになり、どれだけ生産性を上げるかだけが人生の目的になりました。
製造業が生まれ、それが大きな生産性を呼び、安い賃金で新興国にそれを奪われると、サービスやコンテンツで生産性を上げることにシフトし、エンターテイメントこそが地球最大のテーマになってきたのです。

そして、近年全てはネット上のアクセス数だけが唯一の物差しに変わり、優れたパフォーマンスこそが優劣を測る最もわかりやすい判断材料になったのです。
エンターテイメント性と人を惹きつけるパフォーマンス力がなければ、どんなに本質的に意味が深くても、まったく評価されないどころか、難解で面白くないものとして無視することが常識になってきたようです。

それはすなわち本質や意味が全くなくても、優れたパフォーマンスがあれば十分評価されということで、気がつけば人間はファッションや美容などの外見と、面白い会話やダンスやスポーツなどのパフォーマンスのためだけに仕事をすることになり、人生の目的など誰も気にすることはなくなったのかもしれません。
|10:11:06|夢の世界と人間の脳 | comment(0) | trackback(0)
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