凍結

元旦の雪は去年2月の南岸低気圧の通過による雪と違い、あまりにも強い寒気と冬型の気圧配置による北国特有の降雪でした。
僕の子供ころの昭和40年代前半は、都会がここまで熱を放出する時代ではなかったので、よくこのような北風に乗った軽い雪が降りました。
しかしヒートアイランドの進んだ現代で、東京を越えてこのタイプの雪が横浜まで降ることは本当に珍しいことです。

2日の朝、近くの山を歩くと、残雪と凍りついた地面、そして踏みしめても崩れないほどに固く凍った霜柱で、ここが本当に横浜なのか暫く信じられませんでした。
近くの池はほぼ完全に凍りつき、そこに一時期的に定住していた北から渡ってきた野鴨は行き場を失い、水の流れから凍らなかった一箇所に集まり、困惑したように小さな輪を書いてぐるぐると泳いでいました。

メディアがひっきりなしに警鐘を鳴らす地球温暖化は、実際には極一部分でしか観測されてはいないはずで、地球の北半球はほぼ間違いなく17,8世紀と同じような寒冷化に向かい始めている可能性があります。
温室ガス排出も、原発の放射能リスクも、遺伝子組み換え食品の危険性も人間が神の領域に手を出してしまった過ちとして問題視する風潮がありますが、実際にはこの宇宙全体からすればほんの些細な出来事でしかありません。
その多くは人間の左脳の驕りからくる発想で、確かに肉体に対するリスクは存在しますが、実は昔から自然に存在するものだと感じています。

iPS細胞のような万能細胞も、生命が生み出されるとてつもなく複雑なシステムのごく一部を解明しただけで、その本質には全く手が届いていません。
目に見えない意識エネルギーを理解しない限り、それが表面化する現象として人間に有用か危険かを短絡的に解釈しているだけで、それ自体の本来の存在意味を理解しているわけではありません。
そんな人間の愚かな動揺や歓喜を見て、上位の意識エネルギーは何を思っているのか考えることがあります。
あまりにも稚拙な左脳の進化に大きく落胆し、右脳や潜在意識の成長の鈍さに計画の修正を考えているような気さえします。

子供が凍結した池に何度も小石を投げ、その奇妙に響く音に歓喜するのと同じように、その自然の不思議さと奥深さを受け入れろと常に発信している潜在意識からのメッセージを聞き取らない限り、本当の意味での人間の進化はありえないと、昨日は深く感じました。
|10:45:29|天候、地球環境 | comment(0) | trackback(0)
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