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人間が存在する本当の理由㉙
工藤デジカメ 008
近代になり、顕微鏡などの道具の進歩により自然科学が発展し、唯物論などの目に見える世界だけが真実だと思い込み始めた人間は、それ以前の霊的なものや、自然の森羅万象を全て受け入れていた思想を、非常識なものとして排除するようになってしまいました。
近年になり特に大量破壊兵器や航空機、電子機器など飛躍的に進歩した科学技術が安定して供給できるようになると、人間は非物質的なことを唱える人を存在しないものとして扱うようになり、教育的に常識として非科学的なものを否定し、全ての人間を唯物論だけで洗脳するようになってしまったのです。
その結果、実際に存在する全ての世界のうち、事実上数パーセントしかない目で見える世界だけが現実の世界だと思い込んでしまい、お金だけが価値基準の全てになり、多くの人が羨む高価なものとどれだけたくさん手に入れるかが幸福の目安になり、いかに少ない労働で効率良くお金をたくさん稼ぐかだけで、人間の能力を測るようになってしまいました。

自分ことが大好きな人間。
自分や恋人、自分の子供を、世界にひとつだけの花として高貴なものであると思い込み、唯一無二の貴重な存在だと考える人間。
しかし、実際には地球において食べて寝るだけの生活しかしない人間には、樹木や犬、猫などと全く変わらない程度の価値しかありません。
逆に地球の資源を好き放題使い、生活や豊かさを維持するためには当然な権利として自然を破壊する人間は、「地球の理」からするとそれ以下の存在だと思います。
本当に価値があるのは物質としての自分たちの愚かさを理解し、人間や自分が存在する本当の理由と自分がしなければならい義務を理解し、さらに宇宙の真理や真実を深く理解する喜びに気がついた意識(魂)だけなのです。
物質的な人間とは様々な人生を経験することにより、痛みや喜びからそれを学ぶための単なるシュミレーションでしかないということに気がついた人だけが、この宇宙で本当に価値のある存在なのです。

優れた存在であると多くの人から神と崇められるキリストやブッダ、アッラー、空海でさえ、実際にはフォーカス15から21の人間のレベルのなかで中位のレベルでしかありませんでした。
しかし、かられは短い人生の中で少しでも多くの人のフォーカスレベルを上昇させようと苦悩し努力していました。
現在でも少数ですがフォーカスレベルの高い人たちが、自分の使命として多くの人をこの泥沼からすくい上げようと努力しています。
近年では、ユング派臨床心理学者の故河合隼雄氏。
そして、小説家の村上春樹、アニメーターの宮崎駿もフォーカスレベルは高く、その作品の中で読んだ人や見た人のフォーカスレベルを上昇させるように努力しています。

そうした人達が多くの人のフォーカスレベルを上昇させようとメッセージを発信したにもかかわらず、特に近年は世界全体としてのフォーカスレベルの平均値は急激に低下してきました。
経済優先主義により、自己中心的な欲望を満たすことだけが人生だと考える人が激増したため、行動を規制する法律やルールはどんどん厳格化しなければならず、ボランティアのように常識として押し付けなければ、他者を思いやる気持ちすらほとんどなくなってしまいました。
数十年前には公園に遊びを規制する看板などなかったはずです。
江戸時代の日本は、多くの人のフォーカスレベルは非常に高く、社会的なルールなどなくても治安は安定し、自然と調和した、自然の恩恵や驚異を理解し、永続的に共存できる社会を築いていました。

お金とブランドに洗脳されたフォーカス15の人たちを中心として築かれる、カオスのように欲望渦巻く現代社会が、自らの行いによって崩壊や絶滅へ向かうことを、多くの人が自覚しているのにそれを止めることができない人間。
スピードを上げなが転がり落ちるこの石を、止めることはもはや誰にもできないのです。
そして、このような文章を書くことすら、時間の進行とともに完全に無意味になっていくのでしょう。
|10:10:56|夢の世界と人間の脳 | comment(0) | trackback(0)
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