スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
|--:--:--|スポンサー広告 | |
左脳が優位な社会
IMG_2374.jpg
日常的にほとんど意識されることのない右脳の仕事ですが、実は人間の本質やこの宇宙の成り立ちなどの真理を、どれだけ深く理解、認識しているかによって、その仕事内容は大きく変わります。
一般的に認識の浅い人は強欲で俗っぽいものを好み、深く理解している人は自己を確立し、世間に流されない人たちです。
しかし過去と違い現代はそれによって実際に人間の能力として評価されたり、他人と比較されることはほとんどないようです(顔立ちがきれいで、金持ちであれば低俗でも問題ないということです)。
反対に左脳は理性的な判断や行動を常識的に行うことが得意で、日常的な会話や計算、意識的な思考のほぼすべてを担当しているので、その処理能力のレベルによって現代社会は、学歴や資格の有無、常識人としての評価や収入などにより、人間を格付しているようです。

しかし、左脳が行う現実的な対応に対し、そこに意味や本質的な必要性を加えるのが右脳で、それ故に右脳の思考レベルによって、実際はその人間の精神レベルが決まると言っても過言ではありません。
現代社会では一般的に知能とは左脳の処理能力だけを指していますが、本来人間はその知能をどう使うかが最も重要なはずです。
左脳だけでは運転手のいない自動車や操作する人のいないパソコンと同じで、その性能をどう引き出すのかはすべて操縦手である右脳が行っているのです。
つまり右脳と左脳はそれぞれ単独で機能することはなく、常にお互いが連動し作用しあうように人間は脳を使ってきたのです。

現代人の多くがスマートフォンやタブレットなどのデジタル商品を必要以上に好むのは、その利便性やスピード、持つことのかっこよさだけでなく、それらが娯楽性やエンターテイメント性に非常に優れるからです。
それは子供の頃からゲームや計算、暗記中心の学習など、結果ばかりを重視する左脳的能力ばかり鍛えてきたため、右脳の持つ好奇心や探究心からくる本質的な認識力を高めることがなく、ビデオやゲームのように外部から与えらるエンターテイメントにしか興味を持たなくなってしまったからです。
さらに、SNSなどから友達の嗜好や社会の変化(空気)をすぐに感じること(共有すること)ができ、それらが途切れることなく新しい情報やコンテンツを提供してくれるため、自分で物事の良し悪しを判断する必要がまったく無くなってきたのです。
そのために右脳が欲する自分自身の本心や希望を完全に閉じ込め(目をつぶり)、世間の常識に従うことだけを意識した左脳重視の思考に変化してしまったのです。

口が達者なのに思考が浅くて単純な日本の総理大臣のように、左脳は優れていても右脳思考レベルが低いと、多面的に物事を捉えることができず、自己中心的な思考や行動になり、自分の主張を他者に押し付けようとする傾向になるようです。
反対に歴史を変えるような大きな判断や、歴史を越えて使用されるデザインや製品を生み出す力は、間違っても優れた左脳だけの能力から生み出さるわけではなく、同時に右脳のとても深い本質的思考が必ず伴っていたのです。
それは自分が無意識に突き動かされるような、偉大な他の力が働くような必然性を伴っていて、その作用やエネルギーは、右脳の奥深くにある潜在意識とつながるどこかから送られてくるものなのです。

その必然性を失い、快楽ばかりを追い求めるようになった現代社会は、いったいどこへ向かおうとしているのでしょうか。
多くの人がこの先の人間社会に、発展や希望が持てないのは、おそらくそのせいだと思います。
|10:14:55|夢の世界と人間の脳 | comment(0) | trackback(0)
comment
comment posting














trackback URL
http://maido1984423.blog97.fc2.com/tb.php/1935-fce9d51c
trackback
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。