心で接する人間以外の生物
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目で見えるものしか信じない現代の人間。
科学的に検証され、多くの人が確認できたもの以外その存在を認めようとしません。
しかし産業革命が起きる以前の人間は、唯物論がまったく正しいとは考えられていなくて、多くの人はこの世界は人の目に見えない何かのエネルギーで構成されていることを知っていました。
特に江戸時代までの日本人は、人間をはるかに超越した自然現象に対抗することは不可能であることを知っていたし、逆に自然の恵みによって生かされていることを大切に思い、うまく利用することこそが人生を豊かにすることであると考えていたのです。
そして左脳が発達していた欧米人のように、自然をコントロールすることばかりを考えている人は愚かなことだと思われていたのです。

科学の発達により、安定した生活の豊かさと多くの安全を手にすることができた人間は、いつの間にか目に見えない部分を考えることを一切やめ、以前は病気や気象、意識に対処していたシャーマンなどの呪い師や魔女を悪魔として呪うようになったのです。
科学的に解明されたものだけを信じ、それを使ってどうやって対処できないと思っていた自然や病気をコントロールすることが可能かだけを考えるようになったのです。
非科学的なことを言う人や意見を完全に否定し、全体的な圧力をかけ教育などを使って強制的に排除してきたのです。
しかし、そのために自然や目に見えない部分とつながっているいる自分の潜在意識も否定するようになり、自分が本当は何者で何をするために生まれてきたのかも考えなくなってしまいました。
自分の無意識を心の闇として捉え、表面化しないようにしっかりと鍵をかけ、だれにも本心を曝け出さないようになったのです。
ストレスをため、鬱などの精神的な病にかかる人が弱いのであって、それに耐えて生きるのが当然だと子供のころから社会全体で抑えつけてきたのです。

しかし人間が時々見せる素晴らしい技やテクノロジー、美しさなどのアート作品、感動する物語などのほとんどすべては、無意識に発する無自覚な好奇心によって育まれ、この好奇心のエネルギーにより数々の試練を乗り越えて成し遂げられたことなのです。
羽生選手の人を惹きつけるスケーティングも、村上春樹の奥深い小説世界も、そして人間だけでなく四季折々に見せる自然の美しさも、チーズや糠漬けなどの発酵食品の美味しさも、目に見えない何かのエネルギーによって成り立っているのです。

そして人間以外のすべての生物は、目に見えない何かのエネルギーによって決まった方向性を与えられ、その秩序に従って生きています。
人間と違い自然現象はすべて当然なことであると受け入れ、それに対抗しようと目論んだり、起きてしまったことに理不尽だとか否定的になることもありません。
この世にあることはすべて必然なこととして受け入れ、常にその先のことを考えています。
自分の死も必要以上に恐れることはせず、その時が来れば自然と受け入れます。
人間だけが自然を人間が手を加えない人工の反対だと勝手に解釈し、自然を大切にしようなど上から目線でとらえるのです。

人間の都合による想定を超える現象は、実際はいつ起きてもおかしくないのに、科学技術による安全神話に酔いしれる人間は、そのことを無視し、快楽に溺れることこそが生まれてきた目的であると考えるようになってしまいました。
氷山にぶつかったタイタニック号が、こんなに大きな船がたかがそれぐらいで沈むわけないと、乗員すべてが宴会を続けているかのように。
|10:09:46|夢の世界と人間の脳 | comment(0) | trackback(0)
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