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泥亀新田
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3日の月曜日に鷹取山を登ったあと追浜から文庫に戻る途中、なぜか野島で見つけた泥亀新田を造った功績を印した記念碑。
うちの店は泥亀1丁目にありますが、なぜこんなに離れた場所に泥亀の記念碑があるのかとても不思議でしたが、読んでみると納得。泥亀新田を造った一族がこの場所に住んでいたのです。
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江戸時代以前は、このあたりは金沢八景として風光明媚な観光地でした。
1668年永島裕伯が入り江だった釜利谷の小泉から泥亀にかけてを埋め立てて、塩田や蓮田などの農地に開拓ししたのが泥亀新田の始まりだそうです。
9代続いた永島家は製塩の成功で財ををなし大富豪になったそうですが、明治43年に政府が製塩地整理法を施行。鎌倉時代から700年続いた金沢の製塩は廃止になってしまいました。
それにより結局、その土地を全て同じ野島にいた伊藤博文の別荘を管理していた大橋新太郎に売却してしまったそうです。かわいそうですね。
大橋家はその後、金沢文庫の再興に取り組み貢献したのですが、こんどは終戦後、農地改革によってその広大な土地を全て失い金沢を去ったそうです。無念。
いつの時代も庶民は政治に翻弄されるのですね。
21.jpg
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これは終戦後の泥亀の蓮田の写真です。
僕が子供だった頃はまだその名残があり、文庫駅の周辺には今のアピタの場所も含め、このような蓮田がいくつか残っていました。
|09:01:14|山歩き&金沢のパワースポット | comment(0) | trackback(0)
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